『いくら背伸びをしてみても 相変わらず地球はじっくり回ってる。 今自分に出来ることを ひたすらに流されずにやってみよう。』 “少年” by ゆず
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大人の階段登る君はまだシンデレラさ
2007-01-09 Tue 21:46
タイトルに意味はありませんw
思いついたまま書いただけです。

今回はダチがみんな成人式について日記を書いてたのに触発されたので、
成人式について書いてみます。


さて、今年も逮捕者続出、マナー違反の嵐が吹き荒れる成人式ですが、そもそも成人式ってなんなんでしょうねぇ。

ちょっと調べてみたところ、現在の形式の成人式の始まりは1946年に埼玉県で青年向けに開かれた祭りでの「成年式」、のようです。その後1948年に国が公布・施行した祝日法により、「おとなになったことを自覚し、みずから生きぬこうとする青年を祝いはげます」という趣旨のもと、翌年から1月15日を成人の日として制定した、ということらしいです。

このような経緯を踏まえると、近年の成人式は、単なる地方自治体主催の同窓会と化しているといってもいいでしょう。式場で好き放題にしている新成人の姿からはどのような形であれ自覚なんぞまったく感じられないし、はっきりとした問題意識や目的意識をもって生きていこうと考えている新成人も少数派でしょう。

しかしそれにしても「成人する」って一体何を意味するんでしょうね?

上記のコンテクストでは「成人とは礼儀正しく社会マナーを守れる人間」という意味になるだろうけれど、成人であっても無礼でマナーの欠片もない輩も実際多く存在する。
(なんせ国民の代表者たる国会議員のマナーが問題になってるくらいだからね 苦笑)

そのようなことを考慮すると上記の成人の定義は正しくないことになる。

むー。。。


そうすると、


そもそも「成人」とは何か?という命題自体が無意味なのかもしれない。考えてみれば「成人」という概念は単なる社会通念上の区分に過ぎないよね。実際には能力と人格と年齢というモノサシを状況に合わせて使い分けて「成人」とそうでないものを区別しているだけ。

そんな中で重要になるのは、

個々人にとって「成人する」ことが何を意味するのか

ということを考えることなのかもしれない。

たとえば、

俺が「成人」としての要素(上記した能力・人格・年齢)を備える(あるいは備えていく)ことが、俺の今後の人生において、またこの社会においてどのような意味を持ちえるのか。

これなら考えてみる価値はありそうです。
うん、てかこれは俺も考えなきゃ。

でもこの問いに今はまだ答えられそうにないっす(苦笑)
この文章、即興で考えながら書いたので。
今度気が向いたときに文書化してみます。



そんなこんなで今回もまとまりのない読みにくい文章でしたとさ。ああやだやだ。
早くまともな文章が書けるようになりたい。
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