『いくら背伸びをしてみても 相変わらず地球はじっくり回ってる。 今自分に出来ることを ひたすらに流されずにやってみよう。』 “少年” by ゆず
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空飛ぶスパゲッティ・モンスター教
2006-01-16 Mon 00:30
最初はさかもっちゃんのトコにコメントで書いてたんだけど、
途中で間違えて文章を全消去してしまったことにブチ切れ
『ええい、いっそトラバしてしまえ!』と考え今に至る。
というわけで、今日はU.S.の教育事情 ~宗教と教育~ 2へのトラックバックです。
背景についてはめんどくさいので割愛。興味のある方はトラバ先とU.S.の教育事情 ~宗教と教育~もご参照あれ。



はてさて、とりあえず今回の文章では論点を3つに絞ります。

①教育とイデオロギーの関連
②子供に多様な価値観を教えることの是非
③Intelligent Design論について

ではでは参りましょー。


①教育とイデオロギーの関連
そもそも教育の目的というものは何であろうか?
ミクロレベルでは個人の教育を受ける権利の充足や、アマルティア・センの言う“Capability”を実現するためのツールの提供、
マクロレベルでは国家の発展および国家の社会的統合、
といったことが挙げられるであろう。

だが、ここで既にお気づきの方もいらっしゃるかもしれないが、上記の目的の中には一部矛盾が存在する。

個人の観点からは、教育の内容は、より多くの選択肢を得るためにより多様であることが望ましいが、
その一方で国家という観点からは、逆に国家としてのアイデンティティを維持強化するために、教育内容は多様なものではなくひとつのイデオロギーに基づいたものであるほうが望ましい、
ということである。
この矛盾は日本のようにアイデンティティ維持強化を主に教育以外の分野に依存する国家においては希薄であるが、
発展途上国などにおいてはこの矛盾は顕著である。
多くの民族、言語集団を抱え、異なった文化が共存する国家においては、ガバナンスの強化を目的とした国家のアイデンティテイ統一が不可欠である。
それゆえそのような国家ではアイデンティティ統一のために教育が利用されている訳であるが、そこでは国家の利益のために宗教や文化が前面に押し出され、それゆえ他宗教や他文化、人権や保健衛生の知識といった個人の“Capability”を実現するために必要なことはどうしても脇へ追いやられてしまうのである。

このことに関する議論も必要であろうけれども、今回は、a.教育の主要なアクターが国家であるということ、b.宗教教育や文化教育は単に国家としてのアイデンティティ統一に貢献するだけでなく、個人としてのアイデンティティ確立にも貢献するということ、を踏まえて、『国家の望むイデオロギーによって教育がある程度左右されるのも仕方が無い』という判断を下します。


②子供に多様な価値観を教えることの是非
俺はこれは「是」であると思います。
つまり、子供には多様な価値観を教えるべきであると思います。
これからのグローバル社会の中で自分とは異なった価値観を持つ他者との接触は加速度的に増加していくことになるだろう。
異なった価値観を否定することは容易であるが、それは他者そのものの否定にもつながりかねない非常に危険な行為である。
それを回避し、他者の価値観を積極的に肯定できるようになるために、多様な価値観が存在することを子供のうちに教えておくことは非常に重要なことである。今日私たちは、誰もがある事象に対して自由に解釈する権利を持つことを認めねばならないのだから。
『子供は混乱するのではないか?』という疑問に対しては、下記のように絶対的な事実ではなく一つの価値観として教えられるのだから、子供の思考の軸がぶれて混乱することはないだろうと判断します。

Intelligent Design論について
①、②の結論を踏まえて書きます。
まず要点は、俺は①『教育がイデオロギーに左右されるのは仕方が無いのだけれども』、②『子供は多様な価値観を認められるようになるべきだ』という観点からID論には反対。
おそらくID論の最大の問題は、ID論が単なる宗教的価値観の一つであるのにもかかわらず、絶対的な科学的事実であるかのように教えられていることだろう。
科学的事実と宗教的価値観は厳格に区別されて教えられなければならない。
まぁ端的に言えば②のためなんだけれども、以下詳細に説明。
科学的事実ってのは絶対的に正しい客観的な事実であり、基本的には世界の誰にでも受け入れられ得るものである。
その一方で宗教的価値観はその宗教コミュニティの中でのみ成立する事実であり、普遍性を全く持たない。
これらのことを考えると、万一宗教的価値観が科学的事実を混同して教えられると、宗教的価値観が普遍的で絶対的な事実であるとの錯覚を起こす可能性があり、そうなると異なった価値観を一方的に「間違った」価値観であると判断することが予想される。まぁ異なった価値観を認められなくなる可能性があるってことです。
ID論では『神』の存在に言及せず『知的存在』としか言及してないから誰にでも(無神論者除く)受け入れられ得るとかほざいてますが、結局その『知的存在』は各々の『神』を暗示してるので、結局本質的には『神』の存在を絶対化しようとしてるので、最終的には異なる価値観の排除につながってます。


てなわけでID論には俺は反対です。
備考:空飛ぶスパゲッティ・モンスター教



>マサ
お休みです(苦笑)
お、ハネケンを知ってたか。やるな。
ナイス・シルバーだよね☆

>みやこ
おぉ~っ!!久しぶり!元気?
俺は…まぁ、まぁなんとかやってるよ

>あっち
あはは(>Д<;)がんばれあっち♪
てか前から聞こうと思ってたんだけど、何故にタメなのに俺のこと「さん」づけで呼ぶの?
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<<圧力 | tarou's room | 新手の自己紹介バトン?>>
この記事のコメント
トラバありがとーw

今回のテーマ、いろんなところに議論が飛んでしまったけど私個人としては面白かったw教育に関してももっと勉強してまた書いてみたいなぁと思ったよ。
(あー勉強したいことばっかりやな^^;)
2006-01-17 Tue 08:53 | URL | ひろみ #4B33lOYw[ 内容変更] | top↑
教育学部にいながら話についていけませんorz
もちょっと読み込みをですねやりたいと思います。はい
さん付け?何となく?何かたろうさんってたろうさん感じじゃない?(意味不明で申し訳ない)
別に固執はしてないから呼び捨てにしましょうか??
2006-01-16 Mon 10:37 | URL | あっち #bBmFigmc[ 内容変更] | top↑
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